「AIって怖い」と思っているのは、大人だけかもしれない

門司港でプログラミング教室を月2回やっています。対象は小学生。毎回いろんな発見があるんですが、最近特に気になっていることがあります。

最初の授業でAIツールを触らせると、子どもたちはちょっと戸惑うんです。「これ、どう使うの?」って。でも数回やると、あっという間に自分のアイデアを出し始める。「こういうの作りたい」「こんなことやってみたい」って。

怖がっているのは実は大人のほうで、子どもはわりとフラットに道具として受け入れていく。その姿を見るたびに、「ああ、これが本来の姿だよな」と思います。

AIは「文房具」だという話

私がよく使う表現に、「AIは現代の文房具」というものがあります。

鉛筆が登場したとき、「手書きの価値が失われる」と嘆いた人がいたかもしれない。計算機が出たとき、「計算できない子どもが増える」と心配した人がいたかもしれない。でも今、鉛筆も計算機も、ごく普通の道具として私たちの生活に溶け込んでいます。

AIも同じです。特別なものじゃなく、使いこなせれば強力な道具になる。問題は「どう使うか」であって、「使うかどうか」ではない。子どもたちが社会に出るころには、AIは空気みたいに当たり前に存在しているはずで、そのときに「使ったことがない」では出遅れてしまいます。

地方にいても、AIは平等に使える

門司港という場所で仕事をしていて、強く感じることがあります。それは、「AIは地方と都市部の格差を縮める武器になる」ということ。

昔なら、情報も機会も都市に集中していました。でも今は、北九州の小学生と東京の小学生が同じAIツールにアクセスできる。同じ情報を手に入れられる。これって、すごいことだと思いませんか?

私自身、飲食(門司港でイタリアンレストランを運営しています)の仕事でもAIを使っています。メニューのアイデア出し、SNS発信の構成、スタッフへの伝え方。地方にいながら、都市部と同じスピードで動けている実感があります。子どもたちも同じことができる時代になってきた。

「なんか違う」という感覚が、一番大事

教室で面白いことが起きています。AIが出した答えに対して、「なんか違う」と言う子どもが増えてきているんです。

これ、すごく重要な反応だと思っています。AIの出力をそのまま正解として受け取るのではなく、「自分の感覚と照らし合わせる」ことができている。AIはあくまで「たたき台」であって、最終的には人間が仕上げる。その感覚を子どものうちから持てているなら、それはもう立派なAIリテラシーです。

AIに「なぜ?」と問い返す子どもも出てきました。「どうしてこの答えになったの?」「別の方法はある?」。こうした問いを立てる力こそ、これからの時代に必要な思考力そのものだと感じています。

AIを使いこなすために、実は必要なもの

ここで少し意外な話をさせてください。AIを使いこなすうえで、見落とされがちだけど実はとても大切なスキルがあります。それがタイピングです。

「音声入力があるじゃないか」と思う方も多いでしょう。確かに便利です。でも考えてみてください。オフィスで同僚の隣に座りながら、声でAIに指示を出し続けることができますか?学校で30人の子どもが同時に、それぞれ別の言葉を話しながらAIを使う授業、想像できますか?

これ、そろばんと電卓の話に似ています。そろばんをしっかり習った子は、電卓がない状況でも暗算が速い。でも電卓だけに頼ってきた子は、電池が切れた瞬間に手が止まる。タイピングができる人は、音声入力できない場面でもAIをフル活用できる。できない人は、そのタイミングで作業効率がガクッと落ちる。

子どもにAIを教えるなら、タイピングもセットで育てていく。これが現場で感じている正直な実感です。

親や大人がまずやること

難しく考えなくていいと思います。子どもにAIを教えることは、特別なプログラムや高価な教材がなくてもできます。

AIを恐れる必要はないし、盲信する必要もない。使いこなす側に立つこと。それを子どものうちから体験させてあげられるかどうかが、10年後に大きな差になってくると思っています。

門司港から、同じ問いを立てていく

地方にいると、「うちの子には無理かも」と感じてしまうことがあるかもしれません。でも私は現場でその逆を見ています。北九州の子どもたちが、AIに「なんか違う」と言いながら自分のアイデアをぶつけている姿を。

場所は関係ない。大切なのは、道具の使い方を知っているかどうかです。一緒に考えていきましょう。


篠崎友寿 / 門司港BONGO・TripType運営